建築エッセー:遥かなる記憶への旅立ち―4
《歴史と現代が交錯するメキシコ・シティ》

淵上 正幸(建築ジャーナリスト)

建築オタクがメキシコというと、やはり巨匠ルイス・バラガンを見学するということになる。しかし他にも同時代にはリカルド・レゴレッタ、フェリックス・キャンデラ、ファン・オゴルマン、マティアス・ゲーリッツ、テオドロ・ゴンザレス・デ・レオン、マリオ・パニなど、錚々たるメンバーがいる。

これら多くの同時代建築家の中でもルイス・バラガンの人気は圧倒的である。1902年生まれのバラガンは、ヨーロッパで隆盛を極めていたインターナショナル・スタイルに触れてそれを取り入れ、伝統的なメキシコ建築との融合をしつつ独自の建築デザインを実践した。彼の故郷であるグアダラハラ時代の作品は、まだトラディショナルなテイストに溢れているが、メキシコ・シティに来てからの作品は、いわゆるバラガン・スタイルとして開花した。

バラガンはかなりの建築作品や不動産開発をしたが、著名な建築作品は少ない。それゆえ覚えやすく記憶に残るのだ。曰く「ルイス・バラガン自邸(1)」「ギラルディ邸(2)」「サン・クリストバル(3)」「ラス・アルボレダス(4)」「ロス・アマンテスの噴水(5)」「サテライト・シティ・タワーズ(6)」「バーバラ・マイヤー邸」など。というわけで、メキシコ・シティではまずバラガン作品を見学することになる。

もちろんメキシコ・シティには先述の通り、バラガン以外の名うての建築家も多く、彼らの魅力的な作品に溢れている。その筆頭にくるのはフェリックス・キャンデラだ。キャンデラといえば、HPシェルで有名だが、僕はバラガンの作品より多くを見学している。「ソチミルコのレストラン」「バカルディ瓶詰工場(7)」「宇宙線研究所」「キャンデラリア地下鉄駅(8)」「スポーツ・パレス(9)」。これらに加えて、キャンデラには教会や礼拝堂が多い。「ミラクローザ教会」「サンタモニカ教会(10)」「サン・ベイセンテ・デ・パウル礼拝堂」など、メキシコ・シティにはゴロゴロある。それにしても彼の超薄いシェルが描く優美なラインの美しさは、他の建築家の作品では味わえない魅力だ。

リカルド・レゴレッタは2011年に亡くなったが、僕は日本で2回も会っている。1回目は30年くらい前に、磯崎新氏がコーディネートして世界の建築家を日本に呼んで講演会を開催した時で、フランク・ゲーリー、アルヴァロ・シザ、リチャード・ロジャースなどが来日し、世界の建築家に片っ端からインタビューしたことがある。レゴレッタもそのときの1人で、握手した時の手の大きさにびっくりした記憶がある。インタビューの内容は、拙著『現代世界の交差流 世界の建築家ー思想と作品』に掲載。何回もメキシコに行ったが事務所には生前は伺えなかったが、有名なホテル「カミノレアル・メキシコ・シティ(11)」は大好きで何回か泊まったことがある。

2回目に会ったのは2011年に高松宮記念世界文化賞を受賞した時で、子息のヴィクトル・レゴレッタと3人で写真(12)を撮った。「国立アート・センター」「子供博物館」など、彼の作品は当然メキシコ・シティに多いが、アメリカ・ウエストコースの「子供発見博物館」「パーシング・スクエア(13)」、「フォートワース科学歴史博物館」も見たし、日本の湘南にある「レゴレッタ・ハウス(14)」も見学した。スペインのビルバオにある「メリア・ホテル」にも宿泊したことがある。バラガン以後最大のメキシコ現代建築の巨匠は、世界文化賞を受賞した2011年の12月に他界してしまった。僕は世界文化賞のお陰で2回も会うことができ、記念写真まで撮れたのは幸いであった.

メキシコにはその他ファン・オゴルマンがいる。彼の名前は「メキシコ自治大学図書館(15)」や「フリーダ・カーロとディエゴ・リベラの家(16)」で広く知られている。例えば1週間のルイス・バラガン見学ツアーでメキシコ・シティに行く時は、バラガン以外で訪問する建築といえば、上記の2作品はまず見学対象になる。

「カーロとリベラの家」は、オゴルマンの建築デザインに加えて、展示している彼らふたりの作品も楽しめる。さらにふたりは2棟を建て別居しており、空中ブリッジで繋いで行き来するというライフ・スタイルをしていたので、そのユニークな生活ぶりを知ることができるのだ。またすぐ横にはオゴルマンの自邸があり、インターナショナル・スタイルを取り入れたシンプルでシャープな美学が楽しめる。

メキシコ現代建築の巨匠で忘れてならないのは、レゴレッタより数歳年上のテオドロ・ゴンザレス・デ・レオンだ。若き日ル・コルビュジエの事務所に学び、帰国後は巨大な公共建築を手掛け、文字通り巨匠として君臨。「在ベルリン・メキシコ大使館(17)」「ルフィーノ・タマヨ美術館」「UNAM現代美術館」など、多数の巨大なジオメトリック・フォルムの作品は圧巻の迫力だ。

UNAM(ウナム=国立メキシコ自治大学)にはいろいろな建築家の作品があるので必見だが、僕も最初見て驚いたのはマティアス・ゲーリッツ&その他の巨大な彫刻「エスパシオ・エスクルトリコ(18)」だ。彼は「サテライト・シティ・タワーズ」でバラガンと協働した彫刻家だが、その発想力の豊かさは並外れている。その他現代ではペドロ・ラミレス・バスケス、エンリケ・ノルテン、アルベルト・カラチ、フェルナンド・ロメロ、アイザック・ブロイドなどメキシコ建築界も多士済々だ。

さて現代建築で満腹になったら、メキシコ・シティの郊外にある「テオティワカン(19)」を訪れてみよう。世界遺産のこの歴史都市は、巨大なピラミッドを頂く紀元前都市。その頂上からの見晴らしは、数千年の時の流れを一瞬に凝縮して提示してくれる体験だ。
(文・写真:淵上正幸)

※写真をクリックすると大きくなり、キャプションがでます。

淵上正幸ホームページ > (株)シネクティックス http://www.synectics.co.jp/

淵上 正幸

淵上 正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト&エディター

東京外国語大学フランス語学科卒業。2018年日本建築学会文化賞受賞。
海外建築家や海外建築機関などとの密接な情報交換により、海外建築関係の雑誌や書籍の企画・編集・出版をはじめ、イベント、建築家のコーディネーション、海外取材、海外建築ツアーの講師などを多数手掛ける。
主著に『世界の建築家51人-思想と作品』(彰国社)、『ヨーロッパ建築案内1~3巻』(TOTO出版)、『もっと知りたい建築家』(TOTO出版)、『アメリカ建築案内1~2巻』(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP)、『建築家をめざして:アーキテクト訪問記』(日刊建設通信新聞社)、『アーキテクト・スケッチ・ワークス1~3巻』(グラフィック社)、『建築手帳2020』(青幻舎)などがある。