建築エッセー:遥かなる記憶への旅立ち―2
《シンガポールの水景に展開される驚異の最新建築》

淵上 正幸(建築ジャーナリスト)

世界でも屈指の清潔かつ美しい都市として知られているシンガポール。特にわれら建築フリークにとっては、美しさもさることながら建築のバラエティーの豊富さも魅力の焦点だ。さらに日本とは時差がほとんどないのも行きやすい国だし、常夏の国なので服装など、旅の荷物も少なくていい。アジア切っての先進国とも言えるシンガポールには、日本人建築家の作品が多い。

それはシンガポールに丹下健三がかなり早く飛来して「OUBセンター(1)」をはじめ、「ナンヤン工科大学(2)」「インドア・スタジアム」などを完成させ、その後の日本人建築家渡来の糸口をつくったからだ。槇文彦の「リパブリック・ポリテクニック」、黒川紀章の「リパブリック・プラザ」「シンガポール・フライヤー(3)」、伊東豊雄の「ヴィヴィオ・シティ(4)」「キャピタグリーン」など。確かに海外で日本人建築家の多数の作品が密集しているのはシンガポールくらいだ。現在隈研吾も同地のコンペの最終5者に入っており、来年その結果が出るようで、隈作品も生まれるかもしれない。

さてシンガポールの「チャンギ空港」に隣接して「マリーナ・ベイ・サンズ(5)」を設計したモシェ・サフディの設計で、樹木が鬱蒼と茂る森のようなガラス張り商業施設「ジュエル(6)」が完成。その中央部に高さ40mの巨大な滝が落下しているという驚異的なデザイン。加えて空港から中心部に至るレイン・ツリーが植樹された沿道のきれいなことは世評高い。ダウンタウンに着くとまず行くのは「マー・ライオン(7)」。その後は宿泊先の「マリーナ・ベイ・サンズ」にチェックイン。旅装を解いてからホテル探検となる。

まずはカジノだ。1階と地下にあるカジノには、宿泊客はパスポートを見せれば入れる。中にあるコーヒーなどは無料。ただ僕たちができるのはスロット・マシーンくらいだろう。というわけで貧乏ツアーの僕たちは、その後地下にある巨大なフード・コート(8)に降りる。全くアジア的な大空間の中に、焼きそばや鳥の唐揚げ、韓国料理、中華料理のような馴れ親しんだ料理の店がひしめいてホッとする。好きな料理と缶ビールを買って胃袋に流し込んで、ひとまず落ち着く。最後は高さ200mの屋上にある長さ360mのインフィニティ・プールだ。ここからの夜景は圧巻。これも宿泊客でないと入れない。また温泉のジャクジー(9)などもあり楽しい。朝、昼、夜いつでも入れるので、僕たちは翌朝泳いだ。(10)

シンガポールで魅力的な建築が固まっているのが、マリーナ・ベイ周辺だ。何といっても近年のシンガポールの名を挙げたのは、モシェ・サフディ設計の「マリーナ・ベイ・サンズ」だ。さらに「アート・サイエンス・ミュージアム(5番目の写真の右側)」も彼が設計。その他ウィルキンソン・エアー・アーキテクツの「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ・ガラス・ドーム(11)」、グランツ・アソシエイツの「ガーデンズ・バイ・ザ・ベイ(12)」、DPアーキテクツ+マイケル・ウィルフォードの「エスプラネード・シアターズ・オン・ザ・ベイ」、黒川紀章の「シンガポール・フライヤー」など著名建築ラッシュ。そして近年、サステイナブル・デザインの巨匠インゲンホーフェンの「マリーナ・ワン(13)」が完成し、この辺はますます魅力的だ。

それ以外の場所にも、お土産を買うのに適した豪華な「ラッフルズ・ホテル(14)」を筆頭に、ダニエル・リベスキンドの「レフレクションズ・アット・ケッペル・ベイ(15)」、スターリング・ウィルフォードの「テマセック大学(16)」、WOHAの「スクール・オブ・アーツ・シンガポール」、CPGコンサルタンツの「ナンヤン芸術学校(17)」、ルック・アーキテクツの「ビシャン・コミュニティ図書館(18)」や「フォレスト・ウォーク」、RSPアーキテクツの「ラサール美術カレッジ(19)」、ケン・ヤングの「国立図書館」、オーレ・シェーレン(OMA)の「インターレイス(20)」など枚挙に暇がない。また観光的にも中華街、クラーク・キー、ホーカー(屋台村)、東京湾クルーズのようなマリーナ・ベイ・クルーズなど目白押しだ。

そんな素晴らしい建築都市で、日本の建築ジャーナリストが大ドジを踏んでしまったのだ! 槇文彦の「リパブリック・ポリテクニック(21)」見学の時、バスから降りてみんなに「1時間後にここに集合!」と号令して解散。この大学は水景色のきれいな池を巡って建物があり、皆そちらのほうに行ったが、僕はつい欲張って眼前の事務棟から見学してやろうとひとりで中に入った。その日は休日で事務棟内は人気がなく薄暗く、これではだめだと出ようとしたがドアが開かない!ヤバイ、やってしまった! 大きな事務室でドアは全部開かない。ケイタイに参加者の電話番号を入れてない。場所が郊外のため外部には人影は皆無。あせった!

これは皆が1時間後に集合場所の方に戻ってくるまで待つしかない。恥ずかしくて皆に合わせる顔がないと思いつつ待つこと30分。反対側のガラス壁面に人影が!すっ飛んで行ってガラスをドドーンと叩く。警備員だった!「建築ツアーに来て、カクカクシカジカです」と説明した。急に腹がすいてきて、学食に行くと休日だが開店しており、学生も少しいた。そこで美味しそうなサーモンのランチに飛びついた。すると仲間のひとりが丁度食事に来て、記念写真(22)を撮ってもらったが、ドジ踏んでイラついた目付きで変だろうと思い、キアヌ・リーブスが映画『マトリックス』で使用したサングラスに似たものをかけて誤魔化した。この時のシンガポール旅行は実に疲れました!
(文章・写真:淵上正幸/Photo: Marina One by Ingenhoven Architects HGEsch)

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淵上正幸ホームページ > (株)シネクティックス http://www.synectics.co.jp/

淵上 正幸

淵上 正幸 Masayuki Fuchigami
建築ジャーナリスト&エディター

東京外国語大学フランス語学科卒業。2018年日本建築学会文化賞受賞。
海外建築家や海外建築機関などとの密接な情報交換により、海外建築関係の雑誌や書籍の企画・編集・出版をはじめ、イベント、建築家のコーディネーション、海外取材、海外建築ツアーの講師などを多数手掛ける。
主著に『世界の建築家51人-思想と作品』(彰国社)、『ヨーロッパ建築案内1~3巻』(TOTO出版)、『もっと知りたい建築家』(TOTO出版)、『アメリカ建築案内1~2巻』(TOTO出版)、『世界の建築家51人:コンセプトと作品』(ADP)、『建築家をめざして:アーキテクト訪問記』(日刊建設通信新聞社)、『アーキテクト・スケッチ・ワークス1~3巻』(グラフィック社)、『建築手帳2020』(青幻舎)などがある。